※『Bound』その1は、こちらへ
確かに僕の舞台は、
モノローグとの闘いでした。
これは過言ではない(笑)
そして、その闘いの最前線に立っていたのは、
『Get Ready』から主人公を演じていた男でした。
役者を志していた彼はいつも似たような役ばかりで、
呆れていたかもしれません。
それは役者を志す者ならば、
色々な役を演じたいという
いたってマトモな感覚だと思います。
しかし、僕は彼に同じタイプの役を強いた。
それは僕の舞台の“主人公”は、
彼以外に考えられなくなっていたからです。
これは、紛れもない信頼からです。
兎に角、
本来演劇の観客にとって、
モノローグとは非常に退屈な場面なのだと常々思っていて、
実際、最初の舞台で失敗した経験もあり、
学んだわけですが……。
けれども、だから自分なりのモノローグの形、
観客が観ていて退屈しないモノローグを
確立したいという気持ちが凄くありました。
そこで再びモノローグの実験。
この舞台のモノローグで僕が考えていたのは、
寄席における語りでした(笑)。
落語家に見習ってみようと思いました。
その頃、僕の舞台のモノローグは
心情吐露形ではなく、
どちらかというと
私小説的な語り口で
主人公が観客に語りかけるという、
語り部的な役割も担ったモノローグが
多くなっていました。
この『Bound』は、
それまでの舞台の中でも
一番私小説的な雰囲気が色濃かったと思います。
当時、主人公を演じてくれた彼には、
その意図、
つまり、寄席における落語家のようなニュアンス
(客と演者との距離感の問題です)
ということを伝えて演出しました。
結果、それまでの僕の舞台のモノローグの中では、
一番観るに耐えるものになったと思います(笑)
この舞台で、
僕の舞台のモノローグの形が決まったとも言えます。
端的に、ハリウッド映画的モノローグを
如何に舞台のフォーマットで見せるか。
つまり、
70年代のハリウッド映画でよく用いられた語り部形式を、
舞台に用いようとしたわけです。
もう一つ付け加えれば、
十代の頃から野崎孝翻訳の
サリンジャーにかぶれていたから、
どうしても私小説的な語り口で
演劇も進行してしまっていたのでしょう(笑)。
というよりは、
そのような狙いが確かにありました。
僕は、演劇というフォーマットで
私小説的な物語をやっていこうという、
ある種、無謀なことを考えていたわけです。
演劇はそもそも三人称的世界観を表現するのに適している
表現フォーマットだと思います。
そこで一人称的世界観を表現している舞台なんて、
そうそうあるハズがない、
というのが当時の僕の考えでした。
そこで、一人称的世界観の演劇を
自分の舞台の特色にしてみせると、
何処かで独り
意気込んでいました。
先ほどもハリウッド・コンプレックスと
語りましたが、
僕はもともと映画の学校に行き、
映画を製作したいという気持ちが強くあったので、
どうしても自分の舞台は、映画、特に
自分が大きな影響を受けた70年代から80年代前半の
ハリウッド映画からの影響が強く出ていたと思います。
The Soul Beat Ave.の舞台では、
何故に場面場面ごとに音楽が流れるのか……?
そして、この『Bound』では、
音楽が鳴っていない場面では、
主人公が“音を鳴らしてよ”というような
ボディー・ランゲージまでして
音楽を流す場面がありますが、
それは、何故か……?
何故に場面場面で音楽を流したがるのか(笑)……?
端的に僕がマーティン・スコセッシ監督作が好きで、
その方法を拝借しているからです(笑)。
The Soul Beat Ave.の舞台では、
話に呼応するように
セリフに呼応するように
音楽が流れます。
時に、その歌詞が雄弁にその舞台のシーンを語るといったような
反則技、ある種、
邪道だと思われかねない方法を取りました。
それは、
役者の肉体と言葉と、それで構築していく物語と時間、
そして、音楽と光と暗闇(照明)がどれも同じ比率で
組み合った空間という演劇観が僕にはあったので、
音楽も当時、TVドラマや舞台などで
あまり多用されていない音楽
(といってもマイナー過ぎる音楽もまた避けました)
を選んでいました。
勿論、耳心地が良いように、
その時、無茶苦茶売れていたポップ・ソングも
使用しましたが、
重要な場面では、
あまり映画やTVドラマや舞台などでは
使用されないであろう音楽を選びました。
音楽が濃すぎたり
存在感があり過ぎて、
通常のドラマには不似合いな曲。
でも、僕は好んでそういう楽曲をチョイスしました。
何故なら、
普通の演劇ならば
カノンあたりを使うのかもしれませんが(笑)、
そんな音楽を使って良い場面を作れる
才能ある演出家は世界中に一杯いるので、
僕がそこに参入しても負けてしまう(笑)。
ならば、
恐らく、こんなこと自分しかやらないだろうな……
ということをやっていくしか自分の道は無いという、
当時の判断がありました。
今もそれはあまり変わりません(笑)。
※音楽についての詳細は、ブラザー・ブログ
『レディオ・チューブ』まで。
この舞台に使用した楽曲をピックアップしてあります。
話を『Bound』の製作に戻します。
この舞台の戯曲から、僕は“書く”ことから、
“打つ”ことによって物語を作ることになりました。
つまり、ワープロを使い始めました。
ワープロ(今ならパソコン)で打つことと
ペンで書くということとは、
感覚だけではなくて、
文体も全然違ってきます。
もともと字が下手な僕は、
人が読める字を書くには
とても慎重に書かなければならない。
そういう意味で、
頭の中で響く文章、
セリフなどのスピードに
どちらが近いかといえば、
やはり、“打つ”方が近い。
もちろん、
人に読ませることを前提にしなければ
“書く”方が早いのですが(笑)。
因みに、この舞台の前は、
僕が書いたものがあまりに汚すぎて読みにくいので、
キャストの方々が清書してくれたりしました。
中でも、殆どを、
先日も紹介した役者ですが、
西キョウイチ君が、
ワープロだったかパソコンで打ち込んで
皆に綺麗な脚本を渡してくれていました。
さて、この舞台の評価ですが、
全体的に好評だったと記憶しています。
僕自身も演出的に色々なことを試せた舞台で
実りも多かったと思います。
舞台照明も、劇場主に我がままを言って、
レンタル照明をただで使用させて貰った結果、
その劇場では恐らくMaxの照明数を吊り、
贅沢な照明で表現出来たと思います。
特に、エンディングの
オーロラ“光のカーテン”を実現するためだけに、
30数機の照明を使い、
それを成功させた照明プラン&オペレーター
を担当してくれた友人には今でも感謝しています。
恐らく、そのプランを成功させるのは、
彼でなければならなかったろうと思っています。
それから、ほぼ基本料金で
劇場にある全部の照明を貸してくれた、
太っ腹の劇場主。
自分の劇場で公演する舞台は
絶対に観ないようにしているという社長が、
5回目の公演でやっと観劇してくれたことも嬉しかった。
社長は誉めてくれたと同時に、
「次は、三島由紀夫あたりか、2.26あたりを演ったらどうだ?」
とのアドバイスもくれたりしました。
それはある種、劇場主の最大級の誉め言葉であったと
当時も今も思っています。
それと、最後の最後に舞台全面が真っ白になる
というこのプランも、
製作費が無い中で試行錯誤してくれた
担当メンバーたちの知恵と実現力に感謝したい。
この舞台は、本当に様々な要因が
ギリギリのところで繋がり、
非常に上手くいった公演だったと思う。
因みに『Bound』とは、
“境界”という意味合いで付けたタイトル。
丁度その頃、僕らは境界線に立っていた。
だから、全てがボケて見えない。
「地平線に太陽が沈んだり
昇ったりするように、
境界線がボケて見えない。
でも、境界線に立っていることだけは何故か分かる」
そんなメンタリティーの中から
出てきた言葉でした。
このタイトルも個人的には
凄く気に入ってます。
では、この舞台の終盤から
主人公の台詞を掲載したいと思います。
当時の僕は、
何を考えていたのだろうか……?
それは恐らく
下記の台詞で、
当時の僕は自分の考えを表明したのだと思います。
危うさの上に立っていた当時の僕の切実な言葉です。
主人公「分かった! これから、これからだ。今からここをあいつらの手から死守する。何ぼ〜っとつっ立ってんだよ。たとえ敵が何処にいるか分からなくても見えなくても、戦いようはいくらでもある」
登場人物の一人「でも、どうするの……」
主人公「新しい社会を作るぞ!」
全員「……」
主人公「まず、隣にいる人間と堅く手と手を結び合え。そしてマインドは大丈夫かを確かめろ。大丈夫でないのなら、キツくその手を握り締めろ。もしも、自分の手をキツく握る誰かの悲鳴を感じたらその手をグッと握り返してあげよう。それでも何かが襲ってきて、不安と混沌の谷間に陥り、そいつに押しつぶされそうになったその時には、お前やお前の誰でもない、“夢”という名の仮想敵、無理やり作って逃げまくれ!」
登場人物の一人「それでも押し潰されそうになったその時は」
主人公「その時は、もう一度キツくその手を握りしめろ」
登場人物の一人「それでも押し潰されそうになったその時は」
主人公「その時……その時は、それでも逃げまくってやれ! たとえ膝が落ちても、這ってでも逃げまくれ。新しい風景が見えてくるまで、そして包まれるまで逃げまくれ! パーティはこれからだ。僕たちのパーティは終わらない!」
この台詞は、今もって僕の心に響く。
新しい社会の創造。
重要なのは、
その方法です。
方法が結果を呼び寄せる。
オウム真理教はそこを間違えました。
そして、オウム真理教と同様の方法では、
再び同じ結果を呼び寄せることになります。
日本は、あの頃よりも社会は閉塞していると思います。
システムの不協和音は
あの頃よりも増している。
『オーラの泉』も終わり、
スピリチュアル・ブームも
影を潜めたかのように見える昨今。
しかし、危険さは、
全て地下に潜って息を潜めているに違いない。
例えば、科学的に説明がつくものを、
神秘的な言葉で包んで
美辞麗句を並べて気持ち良くさせる。
または、脅す。
この反復運動によって人々を洗脳している
スピリチュアル・カウンセラーたちの多さ。
彼らの大抵のストーリーは、
当時のオウム真理教のストーリーと変わりないのです。
同じストーリーは、
結果も同様なのです。
そんなストーリーがネットやSNSには転がっています。
この舞台も、形を変えて
再演を考えている一本です。
最後に、
この舞台後も、
僕の表現を目撃してくれた一人の小説家の
「寛容」に感謝をしなければなりません。
そして、「謝罪」の意もここに表明しなければなりません。
無自覚で意図しなかった表現は、
だから寧ろ愚直であったと思わざるを得ません。
この経験は、後に『エンド・オブ・モノローグ』という、
このブログと同じタイトルの未公演の戯曲を
自身に書かせることに至りました。
内容は、自分の才能に行き詰った役者(主人公)が、
最後に舞台で何を表現するべきか考え抜いた挙句の果てに、
死んでみせる“首吊り自殺ショー”を決行しようとする話です。
客として舞台を観に来ていた一人の男が主人公の自殺ショーを
止めに入り、共に違う舞台を作り上げようとするが……
というストーリーです。
しかし、それもついに公演されぬままお蔵入りとなり、
形を変えて、今このブログ・タイトルで、
自分の舞台の劇評、
回顧録、反省文(笑)を書くことにつながっているわけです。
このブログの幾つかある目的の一つは、
この部分を告白することだったことを
ここに表明します。
このチラシのイラストを書いてくれたのは、
イラストレーターとして
東北仙台を拠点として活動している兄だったが、
デザインは、兄の知り合いのデザイナーの青田聡さんという方でした。
一度もお会いしたこともなく、
お礼の機会もなかったので、
ここに遅ればせながら
(14年もたってしまった……)
お礼を言いたいと思います。
名もない小さな劇団の舞台のチラシを
格好良いデザインで飾ってくれて
本当にどうもありがとうございます。
今度は、
いつか、
お会いできればと思っています。



君が初めて主宰したTHE MIDNIGHT BLUESに始まり、その後The Soul Beat Aveのいくつかの舞台に役者として立たせてもらった藤井マサキです。
君もご存知の通り、僕は7年前に沖縄に移住した。
その後、数奇な巡り合わせのすえ、今の僕は創業半世紀以上、従業員数43名、年商およそ13億円の会社で若き取締役におさまっている。不動産投資も始めた。
さらに本業のかたわらパフォーマンス力をかわれて、TVのローカル番組、ローカルFM局にレギュラー出演したり、様々なイベントの司会をして、いまだ枯れる事のない表現欲求を紛らわせている。
順風万藩、オキナワンドリーム、そう見られることもある。
しかし、だ。今僕は仕事において、魂を縛られている。支配をうけている。痛みを感じている。さもなければなんのコネクションもキャリアもない僕が今の地位につくすべはない。
やはりオウムの方法論は巧妙に無自覚にこの社会に潜んでいる。
自由になりたくないかい
熱くなりたくはないかい
自由になりたくないかい
思う様に生きたくはないかい
自由っていったいなんだい
どうすりゃ自由になるかい
自由っていったいなんだい
という10代の叫びを40代にしてなおつきつけられるわけだ。
これは僕の人生におけるひとつのテーマなのかもしれない。
オウムの方法が導き出す結末は、君が指摘するようにどんな装飾をしようが同じだ。
これはもうすでに見たことのあるショウだ。
僕はどんなに恵まれた待遇を与えられようが、このショウを演じ続けるわけにはいかない。
「運命は、最もふさわしい場所へと貴方の魂を運ぶ。」というシェイクスピアの言葉がある。
もしかしたらプログラミングされているのかもしれない運命に運ばれながら、何を語り、どんな行動をとるか。
そこにこそ固有の生き様が表れる。
「人生は舞台だ。そこでは誰もが一役演じなければならない。」やはりシェイクスピア。
運命にダイヴし、そこに表れる自分をひとつひとつ確かめていく。
そうすることで、自由へのキーを見つけられそうな気がする。
僕は今、少しだけ賢くなりながら、新しい仕事を見つけ、ささやかなカフェも開業したところだ。
さて現在の心境
自由に熱くいきているか → クエスチョンおそらくノー
幸福か → イエス
楽しく生きているか → イエス
愛し愛されて生きているか → イエス
未来は希望に満ちているか → イエス
さあラストピースをうめなければならない
魂の渇望。
必然的に僕らはもういちど出会う。
西キョウイチが、沖縄にいる僕を探し出し、このブログの存在を教え、さらにかつてThe Soul Beat Aveの舞台に立っていた素晴らしい男たちとつないでいる。
僕たちはもういちど舞台をやる。
舞台の幕が開かない限り(僕たちの舞台にどんちょうがあったためしはないけれど)、魂の一部が繋ぎ止められたままになっているんだ。
舞台によって僕たちそれぞれの運命のプログラムが発動し、また僕らはをどこかへと運んでいく。
肝心なことは、これは決して僕たちのマスターベーションに終わらないということ。
僕のエンターテイナーとしてのポテンシャルは、怖いくらい高まっている。
無差別に撒き散らされていたパワーは、凝縮され洗練されている。方向と分量とタイミングをはかり放出される。ひらめきと瞬発力に裏打ちされたアドリヴは健在。
体力だけは衰えただろうな。
そのなかでいちばん変化したのは意識。
往年の藤井マサキという役者の存在は、「笑いと破壊をもたらすトリックスター」。
「おれが舞台に立ったらおれしか見るな。」「他人も自分も世界も壊れてしまえ。」という自意識の怪物。
今僕はやっと、自分を愛し、他人を愛し、それぞれを認め合える生き方ができるようになった。
年をとるのも悪くない。
これは日和ったということではなく、構えず自然に生きられるようになったということ。
つまり今なら、みんなとの化学変化が起きるということ。
君の舞台で、あのそれぞれに個性的で輝いていた役者たちと、今、出会ったときにどんな化学変化が起きるんだろう。
ぬけぬけと臆面もなく、ここまで言えるのが僕のすごいところだね(笑)。
もちろん僕たちが演劇を専業にできなかった大きな要因である、危うさはある。それでもその時がきた。
危うさも含めて、君を中心として僕たちが創り出す舞台はすごいものになるだろう。
すごいおもしろい! or すごい意味不明・・・。
どっちにしてもすごいことにかわりはない(笑)
。
この舞台を目撃する観客にとって、とんでもない体験になるだろう。
長い手紙になったが、それでもなお言葉はもどかしい。
とにかく言いたいことはだ。
おれたち、舞台やろうぜ。
コメント、どうもありがとう。思えば、このような感じの君の語りを聞いたのは、初めてかもしれない。そして、このコメントに僕の身体が震えたのは言うまでもない。この震えが、遠くない未来のLiveへの初期微動であることは約束するよ。いみじくも、次回の舞台評『LIFE97』の中で、君という役者について語ろうと思っていたところなんだ。その前に語られちゃったね(笑)とにかく、君の言葉に僕は震えたよ。勿論、約束は遠くない未来、近い未来に果たされることは言うまでもない。